子どもたちが実践したVR for good、VTuberの可能性 -2018年度千葉大学共同授業 総括-

こんにちは、社会貢献チームの鈴木です。

グリーではCSRの一環として、主力事業であるゲームなどのエンターテインメントの可能性を活用した社会貢献を行っています。その取り組みの一つとして、千葉大学教育学部と共同で「教育の情報化」を担う教員の育成を目的とした授業をプロデュースしています。
今年のテーマはVTuber。グリーが技術やノウハウ、機材をサポートしながら、学生プロデュースのもと、附属小学校6年生の児童たちがVTuberとなり「表現力」を学びました。
今回は、学生や児童に対してVTuberに関する講義を担当した「GREE VR Studio Lab」の白井ディレクターと共に今回見えた可能性や課題について振り返りました。

これまでのレポート
2018年11月27日:2018年度千葉大学共同授業がスタートしました
2018年12月25日:小学生がスマホでVTuberを体験しました
2019年1月31日:伝え上手は〇〇を知っている!?ワークショップレポート
2019年3月1日:「いい大学に入れば幸せになれますか?」小学生VTuberが答えるライブ配信型お悩み相談会、開催! -2018年度千葉大学共同授業レポート-

現代版の人形浄瑠璃?!

ーー今回の共同授業は、当初「VTuber体験を通じて表現力を高める」というテーマと、技術的な仕様以外は何も決めていませんでしたが、最終的に6年生VTuberが4年生のお悩みを解決するというコンテンツになりました。


白井

白井:僕が学生と児童に講義を行った頃はそこまで決まっていなかったですね。この展開はすごい!

ーー「VTuberお悩み相談会」は以下のような配信設計にしたことで一般的なVTuberコンテンツより双方向要素が強かったと思います。4年生もリアルタイムでどんどんコメントを投稿していました。


白井

白井:当初の設計からここまで到達するとは予想していませんでした。あの4年生たちもすごい。双方向、インタラクティブでリアルタイムっていうのは次世代のメディアを考える上で、とても重要なポイントです。

ーーVTuberの放送ブースはモニターだらけでしたが(笑)。そのおかげで、4年生たちの様子を見ながら「私の名前を募集します!」といった感じで、ちゃんと配信先とコミュニケーション出来ていたチームもありました。


白井

白井:決められた時間内で情報発信もしつつ、コミュニケーションの設計も出来ていたということですよね。この場合はこう対応しようと事前の準備もしていたし、最初の授業で伝えていた「生身の人間としての素顔は見えないように!」とか「せっかくのVTuberなのだから境界線を探ろう」といった手法を意識していた。ある意味、「未来の校内放送」を垣間見たようでした。

ーーVTuberたちは、それぞれチームの中に、表情を担当する人、手の動きをコントロールする人、声の担当、あとは4年生のリアクションを把握する担当など、役割分担がされていました。


白井

白井:この6年生たちは現代のICT機器を使って、現代の人形浄瑠璃を実現したということです。感動ですよ。それに4年生の質問もとても興味深い。「動画サイトばかり見ていたら怒られた、どうしたら良いか」とか、「いい大学に入れば幸せになれますか?」とか、「席替えって、何か意味ありますか」とか(笑)。大人でも答えに困る質問だけど、子どもがちょっと年上の子どもに質問をしている真実味が興味深い。

ーー6年生も、キャラクターになって発信すると「表現しやすい」ことを体感して、なんか授業の始まりと終わりで表情が全く違っていて、みんなすごく活き活きとした顔をしていました。


白井

白井:身振り手振りの重要性も理解したはず。あの短時間でその体験が出来たことは、将来外国語を勉強する時にも役立つと思います。想定外の事が起きてもちゃんと時間内に収めるとか、自分が言いたいことだけじゃなくて反対意見もちゃんと考えて情報発信するとか、こういう体験はすごく大事で、CSRでこれが出来たのはとても意義深いことです。言い換えると、児童たちからの質問にもあったように「動画をただ見ているだけ」という受け身でいるだけでは深いことは学べななかったはずで、問題として捉えたり、発信者側に立ってみたりという経験は、非常に貴重でなかなか経験できないです。何よりもやっぱりあの学生たち、私たち先生とよばれる世代の半分ぐらいの年齢の先生のタマゴたちが、さらにその半分ぐらいの年齢の人に伝える、それが更にもっと若い人たちに…っていう、そういうパイプラインが実現出来たのは素晴らしいことだと思いますね。

ライバルはYouTuber?

ーー今回は、校内放送やスカイプ、テキスト投稿ツールなど、複数ツールを組み合わせてシステムを構成しました。


白井

白井:たとえば「REALITY」をインストールした高機能スマホを大量投入して、ネット経由で実現してしまえば…という手法もありえたのですが、今回の「学校の設備を使って」という点は評価されるべきだと思います。先生のタマゴたちが「既製品で用意された機器が無いと動けない」っていうのは、将来的なICT活用における現場展開力で考えると決してベストではないので。そういう意味では、学生たちも良い経験が出来たと思いますね。

ーーこの企画に参画した動機というか、理由みたいなものはありますか?


白井

白井:もちろんありますよ。これは「明らかに新しいこと」ができそうだと。「GREE VR Studio Lab」は、グリーの「VR」、「スタジオ」「ラボ」、が全部混ざった実験的な組織です。千葉大の先生から「バーチャルとは何か?」みたいな問いかけもあったし、新しいICT技術を教育を通して展開していく、というテーマとして考えても、世の中へVTuberやバーチャルというキーワードの周知をしながらワークショップの構築をする経験ってすごく意味のあることだと思いました。

ちなみに私は高1と小5の息子がいるのですが、今回の「小学校の教壇で先生として仕事をする」って、とても畏怖のある行為で、緊張しました。でも教室で児童たちに「なりたい職業」を聞いてみたら、データ通りかなり上位にYouTuberがあり…。「YouTuberには負けていられないな!」と気合を入れ直しました(笑)。
でも、多分どこの国の人たちも同じだと思うんですが、ありのままの自分、”実アバター”で喋るのはすごく勇気のいることで、「顔をさらすリスク」とか「他人から評価されることが不安」とか当然ある訳で。今回のワークショップは、学生と児童が主体となって、その不安を取り除き、作り手の立場になれる、そんな経験ができるプログラムですから、非常に意義がある企画だと思いました。

VTuberの可能性

ーー今回はVTuberを教育面で活用しようという取り組みだったんですが、今後、VTuberにはどんな未来があると思いますか?


白井

白井:まず、2019年中にはVTuberによるライブエンタメ、VTuberが牽引するコマースが当たり前っていう時代がやってくると思います。ある程度のゴタゴタを経て、みんなが許容する時代ですね。この数ヶ月でも、某アイドル事務所さんから「バーチャルアイドルがデビュー!」といった話題が出たりしているし、今後は従来の顔を見せない前提のVTuberだけでなく「ハイブリッドVTuber」みたいな存在も、どんどん許容される時代になると思います。

ーーハイブリッドVTuberですか?


白井

白井:はい、顔も名前も知られている実在のある才能を持っている人が、全く別なキャラクターも演じるとか、その世界観、同時性、二面性、キャラクター性、別アプローチをみんなが許容して、「そうか、物理的な制約から解放されると、もっといろんな活躍ができるんだな」、「新しいことが起きるんだな」とか「私もやってみたい!」っていう自分事として理解するようになるのでは、と予測しています。

ーーなるほど。


白井

白井:実は「教育」という分野で見ても、VTuberの可能性は相当大きくて、産業的にもかなりインパクトがあるんです。これまでの「ひとつの教室の中で、皆の理解度がバラバラ、なのに全員を集めて講義をしている」という時代から、個別の理解スピードで教育が進んでいく需要が高まっています。また講師や受講者自身のアバターが変わると理解度や集中力が上がるのでは、という仮説や科学的実証も取り組まれはじめています。講師側も板書や出席確認、テストの採点作業に疲れるよりも、より本質的な学びのために労力を投じたいはず。

また子どもに限らず、社会人も同じです。顔出しのYouTuberには少なからずリスクがありますから、アバターを介して自身の専門知識や問題提起、情報発信することで、これまで伝えられなかった「こういうことが起きてるんだけど」みたいな情報や意見が、世の中により伝わりやすくなる、明らかにできる、社会における情報発信の選択肢が増える……そんなことまで考えています。

ーー今後はどういう活動をしていきたいと考えられていますか?


白井

白井:今回の活動は世界に向けても発信していきたいです。「VR for good」、善きことのためのVRといって、例えばオキュラスは貧しい子どもたちにヘッドマウントディスプレイを配るとか、車イスや寝たきりの子どもに世界旅行を体験してもらうといった活動を実施したり支援したりしているのですが、今回の「VTuberになって自分の情報発信力を向上させよう、それを社会問題の解決に繋げよう」…という体験を子どもたち同士でやってみたというのは、世界でもかなり先進的な使い方だし、確実に「何かが前に進んだ」といえる要素がありますからね。



千葉大学教育学部附属小学校での講義の様子

CSRはバトン

ーー白井さん自身の、企業CSRに関する考え、みたいなものってどんなものでしょうか?


白井

白井:我々がやらなきゃいけないのは「根っこを生やしていく」ことだと思っています。ラボとして技術開発もやり、CSRで社会周知といったミッションも進めるとなると、やはり僕ら単体では無理なこともあり、学校現場に手渡したバトンが展開されていくというのがすごく大事になるので。児童自身が情報の担い手・作り手となる経験を経て「自分が一生懸命考えなきゃいけないものは何か?」とか「これは俺が作る!」とか、そういうことを自己認識できる機会って凄いことです。「どうして勉強しなきゃいけないんだろう?」の根っこですからね。

ーーこういう授業、たぶん日本中を探してもないと思うので、すごくいい事例になったと思います。どうしてもVTuberというのはエンターテインメントの要素として見られることがほとんどで、教育的にも有意義な使い方ができるんだよ、という可能性を示せたのかなと。


白井

白井:もしかしたら、今回児童たちがやってのけたことは、一般的に世間が認識しているVTuberよりも、ある意味はるかに高度なことを達成したのかもしれません。コンテンツを生み出す中で、他人の気持ちを考える、「いじめの問題」とか「学校生活のルール」を考える、そういう「VR for good」、「SNS for good」からスタート出来たのは大切なポイントでした。例えば、あるゲームやプラットフォームで「最初に出会った人」が凄く優しい人で、丁寧に教えてくれたら、そのプラットフォームは凄く居心地がいいし、「今度は僕が初心者に親切にしよう」って思いますからね。
SNSってある意味、もう一つの「世の中」なんです。その再構築、スタート地点に近い設計を児童たちが短期間に経験したことは、非常に意味がありました。関わった私自身が感動を覚えました。学びの機会をいただいた、千葉大学の藤川先生をはじめとする先生方、学生たち、児童たちには感謝しかないです。

ーー今後のラボの活動においても刺激となったでしょうか。今回の取組みで、改めてVTuberの可能性を再認識できましたね。


白井

白井:そうですね!例えば海外のこの分野の研究者と話をしてみると、「日本のアバターってリアルじゃないし、マンガっぽい」みたいな意見もいただくのですが「それもいいんじゃない?」って最近返しています。近年、国際標準化された絵文字(emoji)みたいに、アルファベットや漢字だけではどんなにたくさん文字を重ねても伝わらなかったことが、エモーションを表現する記号を用意すれば、たったの1文字で伝わる、なんてこともたくさんあります。素直に自分の気持ちを伝えたら「そうだよね」「わたしも」と伝えてくれるサードパーソンがいる。それが家族や学校・職場ではない「サードプレイス」でなら、よりもっとリラックスして接することもできるかもしれない。これは、国を変えてフランスなら「仮面舞踏会」みたいな文化で説明可能かもしれない…あ、僕自身もこんな難しい話をしていますが、ときどきアバターを着て、100倍ぐらいに希釈して、おもしろい哲学トークとして配信していますからね…。あなたの家族や職場のひとも、いるかもしれません!

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