インターネットの可能性と、「思い」をカタチにする仲間の凄さを目の当たりにした3年前の今日

先週からスタートしたグリーの広報ブログですが、広報室長の島田に続き、広報室マネージャーの入山がお届けします。前回は創業当時の話でしたが、今回は私が入社して3カ月が過ぎた、2011年3月の話です。

「私たちに何かできることはないのか……」

3年前の3月11日、多くの犠牲者を出した東日本大震災が発生しました。亡くなられた方々に深く哀悼の意を表しますとともに、被災地の一日も早い復興を心からお祈り申し上げます。

その日、私は高専生のビジネスプランコンテンストに審査員として参加しており、ちょうど学生がプレゼンしているタイミングで揺れに襲われました。机は大きく揺れ、外を見ると商店街の人たちが慌てて外に飛び出し、これはとてつもない地震がおきたと思いました。電車などは全て止まり、六本木のオフィスにも習志野の自宅にも帰れず、文京区の実家に徒歩で帰宅したことを覚えています。

このとき社内では、経営陣を中心に何か自分たちにできることはないかという議論が始まっていました。

「きっと、自分たちと同じように何かできることはないかと思っているお客さまがいっぱいいるはず」

「みんなの思いを形にしたい」

「私たちに何かできることはないのか……」

そして、急きょ募金サービスを提供することが決まり、翌日の朝から、会社に集まり始めたメンバー、そして立ち上げたばかりの米国法人のメンバーもサンフランシスコからチャットで参加しながら開発が始まりました。

開発中のエンジニアたち

その頃、私はようやく動き始めた東西線に乗り、実家から自宅まで通常1時間半の道のりを徒歩も含めて5時間ほどかけて帰宅。そこで、携帯電話が鳴ります。

「夕方までに募金サービスを提供するから、プレスリリースの準備しておいて!」

当時の上司からでした。いくら非常事態と言っても、われわれにはお客さまが安心、安全に利用できるサービスを提供する責任があります。「募金サービスってそんな簡単に作れるものなのか?」と、半信半疑になりながら、プレスリリースの作成に入りました。

チャットでは、エンジニアから開発状況が続々と報告されてきます。どういう仕様で募金するようにするのか。どうやったらみんなの「思い」を広げることができるのか。お客さまに安心して募金してもらうにはリアルタイムで募金の総額がわかるほうがいいのではないか。金額だけではなく人数も出したほうがいいのではないか。さまざまな可能性を超高速で検討していくエンジニアたち。カスタマーサポートのメンバーも加わり、どんどん形ができていきます。

当時の仕様書

そして、最初にフィーチャーフォン版の募金サービスを公開したのが12日の午後7時過ぎでした。すぐにプレスリリースを配信し、SNSのお知らせ欄やTwitterで告知すると、お客さまからの募金が集まり始めます。

午後10時には官公庁などから発信される避難所の情報など、一次情報をまとめたモバイル向け情報サイトも公開。その後、午後11時にスマートフォン版の募金サービスも提供を始めました。

当時、経過をTwitterでツイートしていたので振り返ってみると、募金していただいた方は1時間ほどで2万人を超えていました。善意の輪がものすごいスピードで広がり、形になっていったことが分かります。

  • 12日
    • ・19時 フィーチャーフォン版リリース
    • ・20時 2万人超
    • ・21時 10万人超
    • ・22時 15万人超
    • ・23時 20万人超(スマートフォン版リリース)
  • 13日
    • ・14時 46万人
    • ・21時 50万人超 1億円以上

募集締め切りの3月28日までに、最終的に95万人を超えるお客さまから1億8000万円の「思い」が集まり、日本赤十字社を通じて寄付をさせていただきました。

募金していただいた方には専用のアバターアイテムを提供しました

12日当日、出社する術がなかった私は開発現場をチャットなどでしか知ることができませんでしたが、厳しい状況下においても「自分たちにできることを」という思いをものすごいスピードで形にしていく仲間たちを本当に尊敬しました。

インターネットは「思い」をカタチに変えることができる仕組みだと考えると、まだまだできていないことはたくさんあると思います。世界を変える、世界をより良くすることを、「思い」を持った仲間たちともっともっとカタチにしていきたいなと思いを新たにした、今日3月12日でした。

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