【グリーが担うサステナビリティ】誹謗中傷、その先にある世界とは...?

昨今、SNSの「誹謗中傷」がさまざまな波紋を広げています。私たち企業に何ができるか、学校におけるネット教育義務化がなぜ難しいのか、そして、その課題を解決した先には…?
経済学者として計量経済学やネットメディア論などを専門に活躍されている山口真一先生に、グリーでネットリテラシー教育を担当する小木曽がお話を聞きました。

山口山口 真一:国際大学GLOCOM 准教授
博士(経済学)。専門は計量経済学、ネットメディア論等。NHKや日本経済新聞をはじめとしてメディアにも多数出演・掲載。主な著作に『正義を振りかざす「極端な人」の正体』(光文社)等。他に、東京大学客員連携研究員等を務める。2019年よりグリーの利用環境の向上に関するアドバイザリーボードメンバー

小木曽小木曽 健:グリー株式会社 政策企画グループ シニアマネージャー
2010年入社、SNS「GREE」のネットパトロール責任者を経て現職。講演や教材作成も担当。

誹謗中傷の正体


小木曽

小木曽:本日はよろしくお願いします。今日は最初にこれを伺おう、と決めていた質問がありまして、山口先生は「誹謗中傷って何?」と質問された時、どう回答されていますか?


山口

山口:いきなり直球ですね(笑)。私は「その人」を攻撃するものが中傷だと考えてます。容姿や人種を攻撃するもの、例えば「キモい」とかは明らかな誹謗中傷です。逆にその人の「考え」に対する反論、意見なら、それは誹謗中傷ではありません。


小木曽

小木曽:世間はそれらを区別せず、ざっくり誹謗中傷と捉えている気がします。


山口

山口:世の中全体が過剰になっていて、相手が傷つくものはすべて誹謗中傷と捉えてしまっている。正当な感想や意見が言いづらい状況かもしれません。


小木曽

小木曽:単なる意見論評なのに「私は誹謗中傷の攻撃を受けている」と主張して裁判している人もいるようです。


山口

山口:子供の頃にディスカッションを経験しないと、「中傷」と「意見」を区別できず、大人になって自分の意見を否定された時に「私が攻撃された」と思ってしまうんですね。そういう方がたくさんいます。


小木曽

小木曽:私はよく中学校や高校で講演を行なっているのですが子供たちに「一往復は様子を見てくれ」と話します。学校の現場にはそれを扱う教材もカリキュラムもないですし、教えられる人材も少ないです。


山口

山口:その結果、逆の問題も起きてくるんですよ。明らかな誹謗中傷なのに「これは正当な意見論評だ」という勘違いも起きてしまう。これは相当良くない状況だと思いますね。

誹謗中傷は無くならない。でも…


小木曽

小木曽:実際、誹謗中傷にまつわる様々なできごと、悲しい事件が起きています。


山口

山口:誹謗中傷でも、そうではない意見論評でも、数千、数万と寄せられると、当たり前なんですが気持ち的に辛い。その辛さが命にかかわることもあります。


小木曽

小木曽:私は「ロジカルな慰め」が必要だと思っていて、ネットで寄せられる批判、攻撃は全体意見じゃない、何とも思っていない人、あなたの意見に同意している人は、わざわざそれをネットに書かない。世間の大多数はそんなことを思っていない、見えないだけ。そこは伝えたいんです。でも…


山口

山口:そうですね。その理屈で理解したところで、当然ですが辛い気持ちが残る。私の研究でも、ネット炎上1件につき誹謗中傷しているのは、平均してネットユーザー全体の0.0015%に過ぎないという結果が出ており、全体意見じゃないのは事実です。でもだからと言って気にしなくていいよね、とは言えません。自分がやられたらどう感じる?という当たり前の想像力がもっと必要です。


小木曽

小木曽:それって「道徳」そのものですよね。強制もできない、個人差もある…


山口

山口:私たちの社会は 1対数千、1対数万 というコミュニケーションを想定しないままネット時代に突入してしまった。今や人類総メディア時代です。誹謗中傷については、行政や企業、NPOなどの各種相談窓口もあって、相談するだけでも少しは楽になりますが、受け皿のキャパシティにも限界があります。だれもが想像力を働かせる、ということが重要になるんです。


小木曽

小木曽:社会にはいろんな人がいて、今後もきっと誹謗中傷はゼロにはならない。でも今はまだ、誹謗中傷の事案が多すぎる気がします。


山口

山口:多すぎる。今はまだ問題の黎明期です。もっと減らせるでしょう。


小木曽

小木曽:昭和30年代以降、国内の交通事故が激増した時代に「交通戦争」なんていう言葉がありました。時間をかけ、道路交通法の改正、自動車の安全性向上などを進め、事故件数はかなり減りましたが、人々の安全への意識向上も大きな要因だったそうです。誹謗中傷の問題でも同じような流れを作ることは可能でしょうか?


山口

山口:はい、まだやれることがたくさんあります。10代へのリテラシー教育、法律の整備も始まりました。プラットフォーム事業者のブロック、ミュート機能や「Rethink機能※」など、具体的な対策とその効果も見え始めています。そういったモノが積み重なって行った先、その最後に人々の変化が起きると思っています。炎上を見て、何も考えずに受け入れ、攻撃に加わるのではなく、立ち止まって考えるようになる、こういった変化がものすごく大事です。

※Rethink機能:送信前に「本当に送って良いか」と再考を促す機能。リスクのある単語などで動作するものや、ユーザに一律表示するものなどがある

どこから手をつければよいのか


小木曽

小木曽:ディスカッションもそうですが、誹謗中傷についても小学校から学び始めて良いのでは、と感じています。


山口

山口:もちろん老若男女問わず全員が知るべきテーマですが、大人になると学ぶ環境がないんですね。そう考えると、まずは次の世代を担う子供たちから、という考えはあると思います。
義務教育で扱うべきという声もありますが、実際はかなり難しいです。学校で教えるべき、という全く同じ構図で、例えば災害対応を研究している人、マネー教育を研究している人が、みな同じ温度感、危機感を持ってわらわら行列している。必要だからと言うだけで、その行列を勝ち抜くことは相当難しいです。


小木曽

小木曽:だからと言ってグリーのような企業や民間団体の取組みだけで、何とかできる状況でもない。


山口

山口:私は、情報リテラシーやその他さまざまな分野、教育が必要だけどすぐに落とし込めない課題については、オンライン教材や動画教材に加工して1か所に集約、必要な時に誰もが取り出し、質の良い教育を行なえる仕組み作りが有効だと考えています。この方法なら、教えられる人材が育つまでの時間も確保できます。


小木曽

小木曽:実はグリーにリテラシー教育の講演依頼が殺到して、対応しきれなくなったことがあったのですが、その時に選択した方法もそうでした。ダウンロードできる教材は現在も公開中です。ですが、学校の環境によっては物理的な冊子、現地での出張授業をご要望されるケースも多く、仮に全国すべての学校から申し込みが来たら対応は難しいです。


山口

山口:学校からの依頼が多い背景には、ネットリテラシー教育=子供にすべきもの、という認識が強いからだと思いますが、実際はそんなこと全然ないです。大人ができていない。
問題が起きた時、すぐに制限する方向に話が進んでしまうのも、子供の問題と捉えているからだと思うんです。ネットのせいにしてしまうのは楽だし、自分が子供の頃になかった道具は否定しやすい。でもそれをやっていたら、いつまでたっても問題は解決しません。

リテラシー教育の先に希望はあるのか


小木曽

小木曽:ここまでリテラシー教育のさまざまな可能性、選択肢についてお話を伺いましたが、仮にそれらがちゃんと機能して有効に作用したら、その先にはどんな世界が待っていると思いますか?


山口

山口:少なくとも今よりは、相対的に豊かな情報社会がやってくると信じていますし、それを望んでいます。でもそれはユートピアなどではなく、さっき仰っていた「交通戦争」の話がまさにそうで、交通事故を乗り越えた先には、本来あるべき当たり前の車社会が存在しているだけですよね。誹謗中傷が全くないユートピア的な世界とは違います。


小木曽

小木曽:確かに。あと、私はよく子供たちに「ネットはただの道具」と話すんですが、実際はまだ、本来あるべき当たり前の道具にすらなっていないです。


山口

山口:ネット社会に、被害者救済の仕組み、言論の自由を脅かさない仕組みが整い、だれもがネットを、道具として当たり前に使うようになったら…文字、音声、画像、映像が飛び交う、単に豊かな情報社会になるだけです。


小木曽

小木曽:きっとその社会では、情報リテラシーなんていう言葉は死語になっているし、そうなるべきですね。


山口

山口:しかしそこはまだ入り口に過ぎない場所だと考えています。もっとIT化が進めば、ネットワークはより広く、濃くなっていくでしょう。自分の思考をそのまま相手に届けられる時代が来るかもしれませんし、実際そういう技術の研究が進んでいます。
今はまだ、その入り口にも辿り着いていない黎明期です。誹謗中傷の問題すら乗り越えられないまま、新しいネットの時代に突入したら、私たち全員、燃え殻になってしまう。意識を進化させることで、私たちは初めてソーシャルメディアの「次」に向かって歩き出せるのだと思います。


小木曽

小木曽:そのためにグリーが出来ることにもしっかり取り組んでいきたいと思います。
本日はありがとうございました!