Google Play ベスト オブ 2022で「ベストゲーム 2022」を受賞した、ライトフライヤースタジオ × Keyが贈るRPG『ヘブンバーンズレッド(以下、ヘブバン)』は、「最上の、切なさを。」をテーマに、謎の生命体「キャンサー」との戦いに身を投じていく少女たちの物語です。作中に主人公たちのバンドが演奏するライブシーンがあり、1.5周年のストーリーイベントでは新曲『さよならの速度』のライブムービーを3Dで制作しました。グリーグループの株式会社WFS(以下、ライトフライヤースタジオ)と株式会社グラフィニカ(以下、グラフィニカ)が協業で制作したライブムービー業界に驚きをもたらした演出や、両社が協業に至った経緯、そこで生まれたシナジーについて、グラフィニカの小宮さん、ライトフライヤースタジオの笹野さん、竹俣さんにお話いただきました。
※以下敬称略
小宮:株式会社グラフィニカ 京都スタジオ代表 / RTR開発室 室長 / 技術開発プロジェクト 本部長
東京でCGデザイナーとして、アニメ、特撮、ゲーム、映画、CMなどさまざまな分野でCGを手掛ける。2017年にグラフィニカ京都支社を立ち上げ、スタジオ代表に就任。2021年よりUnreal Engine※開発をメインとしたRTR開発室の室長を兼任し、アニメでのUnreal Engine活用やゲームでのカットシーンワークフロー構築を務める。
※Unreal Engine...Epic Games社が提供しているゲームエンジン。
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笹野:株式会社WFS / Outsource グループ シニアマネージャー / シニアリードアウトソースプロデューサー
コンシューマゲーム業界から2017年にライトフライヤースタジオにジョインし、アウトソース部門の立ち上げを担う。『ヘブンバーンズレッド』ではアウトソース部門の責任者として外部委託取引を統括。
竹俣:株式会社WFS / Wright Flyer Studios本部 / Art部 / Art チーム リードシネマティクスアーティスト
映像業界、コンシューマ、ソーシャルゲーム業界を経て、2021年にライトフライヤースタジオにジョイン。『ヘブンバーンズレッド』ではシネマティックディレクターとして、ストーリーカットシーン全般の演出や監修、ライブムービーのディレクションなどを担当。
必然だった協業。アートとテクノロジーが相互関係で発展していくために
ーー今回、お客さまを驚かせる試みとして、ヘブバンとしては初となる3Dライブを実装されましたが、挑戦に至った経緯を教えていただけますか?
竹俣:ヘブバンは麻枝 准さんの書くシナリオが最大の強みで、音楽プロデュースも麻枝さんが担っています。一貫した作家性で生み出される楽曲はとても魅力的で、このプロダクトには不可欠です。その楽曲に対してライブムービーがあれば、よりキャッチーに発信できるのではと考え、最初は2Dで実装していました。しかし、表現の限界など課題があり、また、私自身が3DCGでのライブムービーやMVの制作経験があったため、いつかへブバンも3Dでキャラクターを躍動させ、感情表現や曲の世界観をよりドラマチックに描くことで、視聴者の琴線に触れるような映像をつくりたいと考えていました。
ちょうどその頃、グラフィニカさんが3Dをはじめとする研究開発に力を入れている話を笹野さんから聞き、やってみよう!となったのがきっかけです。あとは、自分も昔バンドをやっていたりと音楽への思い入れが強かったため、とことん追求してつくりたかった、という単純な理由もありました(笑)。
笹野:私は元々小宮さんと知り合いで、以前から「グラフィニカで新しい描画技術を開発するグループを立ち上げたので、何かプロジェクトがあったら一緒にやりたい」と、お声をいただいていました。そんな時に、ライトフライヤースタジオ内で3Dでライブムービーをつくろうという話が持ち上がったので、グラフィニカさんと一緒にやってみようと。どうせやるならば新しい驚きを提供したいと考え、2Dキャラクターの絵をそのまま3DCGで再現するというかなり高いハードルに挑戦させていただくことになりました。
小宮:元ピクサーのCCOであるジョン・ラセターの言葉に「芸術はテクノロジーの限界に挑み、テクノロジーは芸術にひらめきを与える。」というものがあります。要は、アートとテクノロジーは触発しあい、お互いに高めあう関係であるという考えですが、これはグラフィニカのルック開発の信条でもあるんです。そのためグラフィニカでは、代表取締役の意向でゲームエンジンを扱う開発室を持ち、新しいCGの開発を行っています。
現在のアニメの3DCGはセルルック(セル画に寄せたCG)が求められており、2Dアニメの作画に近づけることが目標になっています。しかし、この技術は既に成熟していて、より高い品質を求める動きはあるものの、ルックにおける大きな革新はあまり求められていません。そこでグラフィニカでは、原作のアイコニックなイラストをそのまま動かしてみようと考えました。そんなことを竹俣さんに話していたところ、ライトフライヤースタジオさんの求めるものと我々の目的がぴったりと合ったんです。
ヘブバンらしさを追求するとともに、次世代の可能性を切り拓く
ーー3Dでライブムービーを制作するうえでこだわったポイントを教えてください。
竹俣:関わるメンバー全員で、ヘブバンらしい繊細な美しさの追求をしました。キャラクターデザインを手掛けるゆーげんさんのイラストは絶妙な淡いトーンの重なり合いが特徴で、儚い印象を受けます。さらに、原案・メインシナリオを担当する麻枝さんが織りなす切ないストーリーと調和していて、それがヘブバンの大きな特徴でもあります。こうした魅力をぜひ3Dで、色彩、アニメーション、演出全てにおいて表現し、ライブムービーの中で最大化して昇華できればと思いました。
クオリティと開発期間とのせめぎ合いで苦労はしましたね。グラフィニカさんとは、単なる受発注という意識ではなく、お互いに楽しみながらクリエイティビティを発揮し、シナジーを創出する素晴らしい関係性ができたと感じています。
小宮:今回のプロジェクトでライトフライヤースタジオさんからPoC※を提案してもらったのですが、これは映像業界では珍しいことで、このPoCのおかげでライブムービーをつくり上げていく前段階からプロジェクト全体のコンセプトをお互いに共通認識として揃えていくことができました。例えば、制作において一見何気なく使っている言葉も、その微細な認識のズレが、共同制作を進めるなかで後々、大きなズレになってしまう。そうしたことを防ぐために、使っている言葉の認識を合わせるといった丁寧な作業を一つ一つ重ねていきました。
竹俣:ゆーげんさんの絵が実際に動くとどんな見え方になるんだろう、例えばゆーげんさんのイラストで表現されているプリズムは動画だとどんなレンズ効果になるんだろうか、みたいなところもディスカッションしましたよね。一つ一つ分解し、どうしたら美しさとリアリティを併せ持った3D動画に仕上げることができるかという研究を一緒にしていきました。
小宮:たまに話が盛り上がりすぎて、笹野さんに止めてもらうこともありました(笑)。なかなか上手くいかず、すぐに成果が出せない時も、失敗の原因を一緒に考え、対策案をディスカッションできました。それが楽しかったですね。
PoCをもった協業を経験したことで、グラフィニカとしても、自分たちのアートに対する感覚がより洗練され、レベルアップできたと思います。みんなで「チーム」として挑んだからこそ到達できた境地ですね。
笹野:このプロジェクトのテーマの一つとして「次世代ルックをつくる取り組み」というのがあったんです。そこでまずは、ハードウェアのスペックによる制限などを別にして、どんな映像をつくりたいかを考えようとしていました。
一般的にゲーム制作では、キャラクターデザインの原案を動画として表現する過程において、原案に対してどれくらい要素を簡略化できるかという部分に悩まされます。(原案がそのまま動くことがベストですが、さすがに原案のように精緻なものを1コマ1コマ制作することは現実的ではないからです。)一方で、セルルックでCGにすると、どうしても常識的なものに納まってしまう。
私たちは常にお客さまに驚きを与える、常識を超えた領域に行きたかった。今は無理でも、できるようになる日を目指して着手しなければならない。そこにヘブバンという適した課題があったんです。
協業を経て得たものと、見えてきた可能性
ーー協業をしていくなかで感じた、お互いへのリスペクトを教えてください。
竹俣:グラフィニカさんは、以前からゲームエンジンを取り入れて映像を制作したりとイノベーションに積極的なイメージがありました。実際に一緒に仕事をしてみると、毎回「こうしてみました」と新しいものを出してくれます。そのマインドや情熱がうれしかったです。
笹野:お互いに会社の利益を超えて、「業界全体の利益」が視野に入っていたのが良かったですね。だからこそ、一緒により高い場所を目指せたと思います。小宮さんは新しい技術への情熱と会社の利益のバランスをとてもよくコントロールしているイメージでした。
小宮:改めて伝えられると恥ずかしいですね(笑)。
竹俣さんは作品に対する想いが非常に熱いところが特に印象的です。社外の人間である私たちにもその熱量で向き合ってくれたので、引っ張られ、鼓舞されて、ここまで来ることができたと思っています。
笹野さんはスケジュールや予算編成で悩んでいる時に、さりげなく声を掛け、サポートしてくれました。上手く伝わらないことを言語化し、会議全体がスムーズに進むよう進行管理もしてくれました。それらの積み重ねで相談しやすい関係ができたと思います。
一つのチームとして、会社の枠を超えてやってこられたのは、お二人のおかげです。
竹俣:クリエイターってどうしても夢いっぱいで、突っ走ってしまうところがあるので(笑)。笹野さんにビジネス的なところをしっかり線引きをしてもらいましたね。
笹野:私自身が現場出身で制作する立場だったので、クリエイターの気持ちはわかるんですよ。一方でビジネスサイドの気持ちもわかるので、映像制作に必要な要素を優先度ごとに取捨選択を行う必要がありました。そういうコントロールは意識してやっていましたね。
映像を完成させるために必要な要素は決まっているので、これまでの経験から、どの要素が遅れているのかが見えるんです。クリエイターって上手くいかないことがあっても、ギリギリまで自力でなんとかしようとしてしまいがちじゃないですか。私も昔はそうでしたけど(笑)。だから、今回のプロジェクトに限らず、後戻りが難しくなるより前に声を掛けることを意識しています。
小宮:実際の現場で経験されたバックグラウンドがあって、今の笹野さんがあるんですね。ちなみに、竹俣さんの熱量の源って何ですか?
竹俣:子どもの頃から、私にとって絵を描くことはコミュニケーションの手段で、自己肯定感を与えてくれるものでした。高校卒業後は美大に進学し、会社員であるという以前にクリエイターという意識が根付いています。今も会社員という感じがしない(笑)。根幹がそういったマインドだからか、ものづくりをしていないと生きていられない人間なんですね。それからゲームや映画などでも、人の心理に迫ったものや、人間ドラマにフォーカスした心震える作品が好きで、今まで沢山影響を受けてきました。ですから、ストーリー体験に力を入れているヘブバンをもっと幅広い層に届けたいという想いがあります。
このプロジェクトは本当に、適材適所でお互いが絶妙なバランスで補い合ってる印象がありました。まさにバンドセッションみたいな感じですね。即興で演奏する際にベースが前に出る時は他の楽器がちょっと抑える、みたいな絶妙なバランスがあると思うのですが、それが無意識的にできていたからこそ、シナジーを生んだと思っています。
小宮:素晴らしいゲームをつくるという共通の目的に向かって、さまざまな意見を言い合える関係も良かったと思います。笹野さんや竹俣さんがいたからこそ、色々な新しい技術的挑戦ができました。例えば、CG内でライブステージの照明をつくる際、本職のステージ設計者やステージ照明の専門家を呼んで、ライティングやステージデザインを設計し、DMX※信号の打ち込みをしていただきましたよね。Unreal EngineでDMXを使用したリアルな照明演出を行うなどチャレンジさせてもらえたと思っています。
ーー今回の取り組みのアウトプットは、ゲーム・映像業界からどんな反応を受けましたか?
竹俣:大変ありがたいことにお客さまだけでなく、同業者の方たちからの反響も大きく、驚きました。細部までのつくり込みや一貫した繊細さ、ヘブバンらしいエモーショナルなライブ映像に沢山の評価をいただいています。皆でこだわって一つ一つ積み重ねてきたことがきちんと届いているという手応えを感じて、とてもうれしかったです。
笹野:モーションキャプチャーの後処理における楽器演奏部分の指使い等のこだわりや、プロによる舞台照明の設定など、技術的なリアルさを踏まえたアニメとしての撮影方法に対する反応は大きかったです。同業者にも驚いてもらえました。まだまだゴールではありませんが、ゲーム業界やCG業界の未来を切り拓いていくための一つのスタート地点として示すことができたと思います。
小宮:例えば映画の感想で「CGがすごかったね」と言われるのは、私たちにとって理想的な絵ではないケースもあります。その部分がCGだということが観客にバレてしまっているからで、それは画面内の要素にギャップがあるということ。そういう部分があると、ユーザーは物語の中から現実に引き戻されてしまいます。今回のムービーでは、キャラクターの見た目やライトの演出、ステージの設計などに不自然なギャップを生まないように心掛けたので、理想的な作品に仕上がりました。
ーー皆さんの今後の目標と、ヘブバンをプレイされているお客さまへのメッセージをお願いします。
笹野:今回のプロジェクトは、繊細で美しいイラストをそのまま3DCG化するという次世代ルック開発の出発点となりますが、今後も技術的な探求を続けて、ヘブバンを支えてくれているお客さまの期待を裏切ることなく、高いクオリティを維持し続けられるようにチームを支えていきたいですね。
小宮:「テクノロジーは芸術にひらめきを与える」の言葉のとおり、今後も技術的な側面からアートに新しいきっかけを与え、新しい表現に繋がる発信ができるよう、精進していきたいです。
竹俣:こういった取り組みを通し、これから更に時流を超えた本質的なクオリティにこだわっていきたいです。美しい、かっこいい、かわいい、オシャレ等と形容されるものは世に溢れています。そういった表面的な価値やトレンドも大事ですが、もっと深い本質の部分で訴えかける作品をつくりたいですね。例えばファインアートのように、その作品の前に立つと思考が巡り、いつまでもその作品の前にいられるような体験をスマホでできたらすごくないですか?そんな時流を超えた価値をお客さまに届けていきたい。
ヘブバンはストーリー体験が何より重要なので、それを最大限盛り上げるための映像というスタンスを大事にしつつ、これからも私たちなりのアプローチで、コンテンツに触れた人の心に風が吹いたり喜々としたりと、心を揺さぶって記憶に刻まれるものをつくっていきたいです。
12月15日にリリースしたストーリーイベント「メインストーリー断章Ⅱ 死にゆく季節でぼくらは」のライブシーンもグラフィニカさんと制作させていただいていますので、楽しんでいただけたらうれしいです。